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小説
二年生になってから、放課後が楽しみになった。なぜかというと、折部に会えるからだ。
一年生の文化祭。俺には特に回りたい友達もいなくて、仕方なく、人が少なそうな科学部の展示を覗いた。部員たちは何もすることがないように見えて、俺が入ってきたことに気づくと、ひとりの部員が「特に面白いものはないんですけど」と言って、飴をくれた。確かに、何も特別な展示はなかったけれど、暇を持て余していたので、文化祭が終わるまでそのまま部員たちとダラダラと話していた。
その中で、ひとりの部員から「この部活、廃部になるかもしれない」と聞いた。部員が少なくて、活動実績もないらしい。三年生が引退したら、残るのは今の一年生ふたりだけで、そのうち実験室も使えなくなるだろう、と。
その言葉は、どこか遠くで耳にしたような気がして、最初はあまり深く考えなかった。しかし、丸メガネの部員がぼんやり「仕方ないけどなあ」と呟いた瞬間、なぜか胸に何かが引っかかった。たったそれだけの言葉が、まるで引き金のように心の中で反響した。その部員の名前は、折部透といった。
「仕方ないけどなあ」──諦めるようなその言葉が、どうにも、悔しくて、もどかしくて、どうしようもなく心をざわつかせた。まるで他人事のように言われているのが、なぜか許せなかった。
俺の中で何かが、じわじわと膨らんでいくのを感じた。この科学部が廃部になってしまうのが嫌だったわけではない。正直に言えば、どんな部活かもよく知らなかった。だから、廃部になっても何も感じないはずだった。しかし、何故かそのとき、急に胸が痛くなった。
その痛みが、自分でも不思議だった。なんでこんなに胸が苦しくなるのか、どうしてこんなに悔しいのか、理由がわからなかった。どこか調子が悪かったのだと言われれば、その通りだと頷くしかない。そんな不思議な感情だった。それでも、自然と体が動いた。無意識に、言葉が口をついて出ていた。
「俺、入部します」
何の前触れもなく、その言葉が口から飛び出した。驚くほど、勢いで言ってしまった自分が信じられなかった。まるで自分の意識と体が別々に動いているみたいだった。こんなこと、考えてもいなかったのに。
自分でもその瞬間、言葉が出てから初めて「あれ、俺、今なんて言った?」と心の中で立ち止まった。ぶわっ、と冷や汗が出るのを感じる。でも、もう遅かった。その一言が、部屋の空気を変えてしまった。
折部は目を丸くして、驚いたように「大丈夫?」とだけ言った。その言葉は、まるで自分に問いかけられているようで、胸の奥に引っかかった。まるで、「そんなこと言って、後悔しない?」というような、警告のように聞こえた。
心臓が一瞬、きゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。自分でも驚くほど……その一瞬の静寂が長く感じられた。部員の目が、少し困惑したようにこちらを見ていた。それが、また不思議と心に深く残った。
その瞬間、俺はただの勢いで言っただけなのに、その後に訪れるかもしれないことを考えずにはいられなかった。何も考えずに口にした言葉の重さに、少し怖くなった。だって、この「入部します」という言葉には、これから何かが変わるという意味が含まれているのだろうか?いや、何も変わらないと信じたい気持ちもあった。しかし、無意識に言ってしまったその一言が、もう後戻りできない何かを象徴しているような気がして、急にその決断に対する恐れが湧いてきた。
でも、折部が少し驚いた顔で、「大丈夫?」と確認するその目を見て、なぜだか心の中で決心が固まったような気がした。「ああ、これはもう、後戻りしないんだ」と、実感として湧いてきた。
その後、しばらくの沈黙が流れ、折部はゆっくりと目を逸らして、「うん、ありがとう」と、控えめに言ってくれた。照れたような、柔和な笑顔だった。その笑顔に、どこかホッとした自分がいる。だけど、同時にその笑顔が、俺の中で何かを新たに作り出す予感を感じさせて、余計に胸が苦しくなった。
その日から、部員でもないのに、放課後に科学部の部室に通うようになった。最初は、ただの暇つぶしだった。部活動に入ってもいないのに、なぜか毎日部室に足を運ぶ自分が少し滑稽に思えた。それでも、折部と過ごす時間が心地よかった。最初は、他の部員たちとの間に壁があるように感じていたけれど、いつの間にかそれも気にならなくなった。
折部と無駄話をしていると、時間があっという間に過ぎていく。無理して自分を作らなくてもいい、ありのままでいられる。そんな心地よさを感じるたびに、ふと自分がこんなにも楽でいられることに驚いていた。普段の自分では、誰かと話していると、少しでも相手に合わせようとしたり、気を使いすぎたりしてしまうけれど、折部といると、そんなことを考えなくてもいいような気がする。彼の前で、何も考えずに自然体でいることが、こんなにも心地よいとは思わなかった。
だけど、次第にその心地よさが、逆に恐ろしいものに感じるようになった。こうして自分が折部の近くにいることが、だんだんと当たり前になっていく。それがとても嬉しい反面、少し怖くなった。変わりたくない、という気持ちがふっと湧いてきた。もしこの関係が壊れたらどうしようか、と考えたとき、胸が苦しくなるのを感じた。
俺は自分の心の奥底で、何かが変わりつつあるのを感じていた。最初はただの暇つぶしだったのに、いつの間にかその時間が自分にとって必要不可欠なものになっていた。俺の中で、日々の些細な出来事が、次第に重みを持ち始めている。それが、怖かった。
例えば、放課後の部室に行くのが楽しみになってきて、そこでの何気ない会話が自分にとってどれほど大切なものになっているかを考えると、どうしても目を背けたくなる自分がいた。何かを変えることで、今の居心地の良さが失われるのではないかという不安が、どうしてもついて回った。
そして、夏休みが明け、少しずつその気持ちが強くなっていった。何かを決めなくてはならない、そんなプレッシャーが自分を押しつけてくる。折部のことが好きだと認めること、それはすなわち自分の中で何かが変わることを意味していた。その変化を受け入れるのが怖かった。今のままでいたい、でも、今のままじゃダメだとも思う。そんな矛盾した気持ちを抱えながら、どうしても心が決まらなかった。
でも、ある日、部室でまた折部と話していると、その自然体でいる心地よさに、突然、決意が湧いてきた。変わりたくないという気持ちと、変わらなければならないという気持ちがぶつかり合って、最終的に俺は思った。もう、このままでいることはできない。もし変わらないなら、ずっと同じところで足踏みしているだけだろう。何かをしなければ、この先ずっと迷い続けてしまう。そう気づいたとき、俺ははっきりと決めた。
「俺、やっぱりこの部活に入るよ」
折部は驚きながらも、目を輝かせて、「本当に? ありがとう」と言ってくれた。その言葉に、胸が一瞬で温かくなった。あんなに嬉しそうに笑ってくれるなら、俺も少しでも役に立ちたい、と思った。何もわからない自分に、折部が手を差し伸べてくれたような気がして、改めて心が決まった気がした。
折部と過ごす放課後の時間が、日々少しずつ特別になっていくのを感じていた。最初はただ暇つぶしに部室に通っていた。だけど、今ではそれが待ち遠しくて、学校に行く理由のひとつになっていた。
折部はいつも、何でもない話をしている俺に、心から驚いたり笑ったりしてくれる。それが、最初はなんとなくありがたかった。普通、誰かにこんなに反応してもらえることなんてあまりないし、俺はそのことが嬉しかった。でも、だんだんと、折部の反応が心に残るようになった。
「へぇ、それ、すごいね」
俺が言った何気ない一言に、折部が目を見開いて、心から驚いた顔をした。あまりに純粋に反応されて、最初はそれがちょっと恥ずかしいくらいだった。でも、その反応がだんだん心地よくなっていった。彼の目が輝いて、笑顔が溢れる。それが、どこか無防備で、ただの優しさから生まれているような気がして、たまらなく心を引き寄せられるようになった。
最初は、これは単なる友達としての反応だと思っていた。俺の話が面白くて反応してくれるのは、きっとただの礼儀だろうと。だけど、次第にその笑顔が自分に向けられるものだという実感が強くなってきた。その笑顔が、俺を無防備にして、何だか心を乱すような気がしていた。
「そんなこと、知らなかった」
俺が話すと、折部はまるで初めて聞いたかのように反応して、目を大きく見開く。あんなに素直な表情で驚かれると、だんだんとその反応が嬉しくなってきた。最初は、「ああ、ただの優しさだ」と思っていたけれど、だんだんその笑顔の奥に、何か違うものを感じるようになった。俺をちゃんと見てくれているんだ、という安心感と共に、少しずつその笑顔が胸に染み込んでいった。「なんだろう、なんかちょっと嬉しいかも」
そう思う自分に驚くことが増えていった。何度も何度も折部の笑顔を見て、話をするたびに、その笑顔が自分に向けられていることに、気づかないふりをしていた自分がいる。
怖かった。折部への好意が自分でも抱えきれないほどに膨らんで、何かが変わってしまったら、どうしよう。その後の関係がどうなるのか、想像するだけで怖かった。今は、ただ折部と友達として、一緒にいることが、あまりにも心地よくて、それを壊したくないと思っている。
心の奥底で気付いていた。俺は折部が好きなんだと。最初はただの友達だと思っていたけれど、自分の中では、その感情をとうに通り越していた。そして、言葉にはできないもどかしさがこみ上げてきた。でも、その気持ちがどうしても言葉にできなかった。
俺はどうしても折部に告白したいという気持ちにはなれなかった。好きだという気持ちは確かにあった。けれど、それを伝えて、何かを変えようという気にはならなかった。具体的にどうしたいというわけではない。折部とこれからもずっと友達でいたい。ただ、それだけだった。それが一番幸せだと思っていた。
けれど、ある日、折部が熱中症で倒れたとき、自分の中で何かがいつもと違うと気づいてしまった。
昼休み、教室の窓からふと視線を向けると、渡り廊下をフラつきながら歩く折部の姿が見えた。顔は青白く、足取りは不安定で、明らかに様子がおかしい。それでも、声をかけるべきか迷った。目の前のやるべきことに追われていたし、余計な介入をして嫌がられるのも怖かった。結局、そのまま見て見ぬふりをしてしまった。
放課後、同じ部活のクラスメイトから、折部が保健室に運ばれたと聞いた。瞬間、胸がぎゅっと締め付けられたような感覚と共に、いてもたってもいられなくなった。慌てて保健室に駆け込むと、折部はすでにベッドに横たわり、薄い毛布の下で浅い息を繰り返していた。その額には冷えたタオルが置かれており、髪の隙間から滴る汗が静かに流れている。
正直に言えば、あのときの俺は、胸の奥で奇妙な高揚感を覚えていた。目の前の折部が、普段の凛とした姿とは違う、無防備で弱々しい姿を晒している。それを目にした瞬間、心臓がひどく早く打ちはじめた。「心配」や「罪悪感」とは明らかに違う、もっと得体の知れない感情。起きてほしくない。でも、もし目を覚ましたらどうしよう。そんな矛盾した思いが頭の中を支配し、視線をそらすことすらできなかった。
数分が過ぎた頃、折部がゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした瞳が俺を捉えた瞬間、俺は全身が硬直した。「……あ」と、小さく漏れた声が保健室の静寂を破る。その声に、返すべき言葉が見つからず、ただ無言で座り続けるしかなかった。
やがて折部は、少しふらつきながら起き上がると、無言のまま冷凍庫を開けて、中からアイスを取り出した。その背中を見ながら、俺の中でざわめく感情の正体が何かを考えることすら、今はできなかった。
「これあげる」
そう言って差し出されたのは、パピコだった。思わず「なんで?」と思ったけれど、黙って受け取った。それを食べることで、少しでも自分の気持ちを落ち着けたかったのかもしれない。もっとも、アイスを貰うことが嬉しかったの折部はまたベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。俺は、折部の寝顔を見ながら、ただ静かにその場にいた。
帰るとき、パピコを食べながら帰った。その冷たい味が、なんだか頭の中の熱を冷ますようだった。でもその後、寝つきが悪くて、気持ちが悪くなった。折部のことで、心の中がぐちゃぐちゃになっていた。それに気づいて、さらに自分が嫌になった。死にたいほど苦しい。逃げたいほど苦しい。自分の醜い心に苦しがっている自分が馬鹿らしくて嫌になる。
次の日、雨が降る涼しい日だった。折部は元気そうに学校に来ていた。熱中症の症状はすっかり治っていたらしい。放課後、部室に行くと、折部が本を読んでいた。俺が来ると顔を上げて、「どうしたの?」と訊いてきた。答える前に、折部は自分の隣をポンポンと叩いて、俺に座るように促した。俺はそのまま隣に座った。
「昨日はありがとう」
折部はさりげなく答えるけれど、その笑顔にはいつもの優しさがあった。俺は、どうしても言いたかったことを聞いてみた。
「パピコ、食べた?」
折部は少し照れたように笑いながら答える。
「あれって、なんでくれたの?」
「だって、好きでしょ」
「そうだけど、なんで?」
「マックスコーヒー、よく飲んでるから。コーヒー味が好きだと思って」
その言葉を聞いて、胸の中で何かが小さく弾けたような気がした。でも、俺はその気持ちを言葉にできなかった。折部は何も気にせず、本に戻り、ページをめくる音が静かな部室に響く。雨の音も、次第に大きくなった。
突然、折部が顔を上げて、「今日は元気ないね」と訊ねた。その言葉に、後ろめたさに似た何かが胸を締め付けたような気がして、言葉にできずに黙っていると、折部は何も気にせずにノートを取り出して、何かを書き始めた。
しばらくして、「これ、手紙」と言って折部はそれを俺の前に差し出した。
俺は、恐る恐る、そして丁寧に、一文字ずつそれを目で辿っていく。
俺は何も言えなかった。ただ、一つ分かったのは、折部の俺への好意は、俺のそれと違う形をしているということ。
折部はそのまま、再び本に戻った。ページをめくる音が、妙に大きく響く。雨の音が窓を叩くたびに、部屋が揺れるような気がして居心地が悪かった。俺はなんだか泣きそうで、唇が細かく震えていた。
その夜、寝ているときにひどい夢を見た。目が覚めたとき、体が汗で湿っていて気持ちが悪かった。鏡に映った自分の顔を見たとき、叫びたいような気持ちになったけれど、出来ずに頭を掻き毟った。
もやもやとした感情が胸を埋め尽くし、夢の中でも折部のことを考えていた。
目を閉じると、折部の笑顔や声が何度も浮かんでくる。彼が手紙を差し出したときの、少し照れたような表情も、俺を気遣って「今日は元気ないね」と言ってくれたときの優しさも。そのどれもが頭の中を堂々巡りして、心が休まらない。夢の中では、雨音がずっと響いていた。折部が何かを話しているようだったが、その言葉はよく聞き取れず、ただ彼の輪郭がぼやけていく。目が覚めたとき、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような気がして、息苦しさを覚えた。
次の日の学校では、何事もなかったかのように振る舞おうとした。いつも通り教室に向かって、いつも通り授業を受ける。しかし、頭の中でどうしても昨日の夢が思い出されて、先生の声が遠くで鳴っている音のようだった。
放課後、部室に向かう足が妙に重たかった。部室のドアを開けると、折部が実験道具を整理しているところだった。俺が入ってきたことに気付いて、「手伝ってくれる?」と笑顔で声をかけてきた。その笑顔が、いつもと変わらないはずなのに、どこか腹が立ってくる。
無言で手伝いながら、俺は何度も言葉を飲み込んだ。「折部にどう思われてもいいから、素直になりたい」と何度も思った。けれど、口を開こうとすると、昨日の手紙のことが頭をよぎる。そこには確かに、「友達でいてくれてありがとう」と書かれていた。それ以上のことは何も触れられていなかった。その一文が、俺に「これ以上望んではいけない」と教えているような気がして、言葉が喉で詰まった。
「どうしたの?」折部が不思議そうに俺を見た。その目が優しすぎて、俺は視線を逸らしてしまった。
「なんでもないよ」そう答えるのが精一杯だった。
その後も、作業をしながら他愛ない話をしたが、俺の心はずっとざわついていた。やがて日が落ち、部室の片付けが終わる頃、折部がふと立ち止まり、俺に向かってこう言った。
「……なんか最近、元気ないね。悩みでもあるの?」
その一言で、心が大きく揺れた。俺の中で押し込めていた感情が、折部の言葉によって急に溢れ出しそうになった。
「……いや、大丈夫」
そう答えた瞬間、折部がじっと俺を見つめた。その視線がまっすぐで、まるで俺の心の奥を見透かされているような気がして、居心地が悪かった。
折部は少し間を置いて、静かに言った。
「何かあったら、ちゃんと言ってね。俺、話くらいなら聞くから」
その優しい声に、俺は思わず目を閉じた。胸が締め付けられるような苦しさと同時に、どうしようもない安堵感が押し寄せてきた。でも、その優しさがどこまでも「友達」としてのものだと分かっていて、だからこそ言葉にできなかった。
俺は、ただ「ありがとう」とだけ言った。その声は、ひどく震えていた。
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小説
昼間の雨で蒸した夜のはじめ頃。まだまだセミは、元気にワンワン鳴いている。千羽千晶は部屋着の半袖シャツに、薄手のパーカーをはおった姿で家を出た。
「待って」
千晶を追いかけて、二階からどたばた降りてきたのは彼の兄の千羽誠だった。
「コンビニならおれも行く」
千晶はすこし面倒なことになったと思ったが、仕方ないので黙っていた。誠はTシャツにジーンズ、スニーカーという格好で、千晶の後ろにつく。
坂を下った辺りで、四谷商店が見えてくる。店の半分のシャッターは閉められているが、二階の住居部分の窓にはまだ明かりがついていた。
店の横手の細道をすぎて奥に入ると、小さなアパートや古い民家の立ち並ぶ住宅街になる。街灯は少なく、道は薄暗い。人通りもないので、千晶と誠の足音と話し声が夜の暗闇にやけに響く。
千晶はふと足を止めて振り返った。誠は千晶と視線が合う前に、あわててうつむいた。
千晶はため息を押し殺して、また歩きだす。誠も今度は黙って後をついてきた。
コンビニに着くと、適当にジュースや菓子をカゴに入れ、レジに並んで袋に入れてもらう。千晶は甘いものが好きだ。誠もそれを知っていて、お菓子を多めに入れておくのだ。
そして、千晶は自分が双子に産まれたことを嫌う。いくら見ず知らずのコンビニの店員とはいえ、物珍しいような目で見られるのは不快なのだ。そして、そういったことがあった時には誠にグチグチと文句を言うのだ。そのため、誠はお金だけ千晶に持たせて先に店を出た。
千晶が店を出ると、誠は外でニコニコしながら待っていた。千晶がなにか言うのを待っていたのかもしれないが、結局なにも言わず、ただ誠の手に袋を押し付けるだけだった。
二人で横並びに家までの道を歩いた。
「……暑いね」
「……」
「暑くない?」
誠が千晶にたずねる。千晶も確かに暑かった。湿気がまとわりついてくるような夜だ。息苦しく、歩けば汗が蒸発しない不快感で覆われる。ただ、千晶はその暑さで疲れていて、おしゃべりをする気持ちじゃなかった。
「あっちいねー、ねー」
聞こえなかったと思ってなのか、無視されていることを分かってなのか、誠はまだ言う。繰り返す。千晶もだんだん意地になって、沈黙を貫いている。
「ねー、暑いわ。暑い暑い。ホント。昼にさー、雨。降ったから。余計にジメジメしてる。あー汗かく。かかない?パーカー暑くない?暑いでしょ。あっち。ねー」
どうやら、誠も意地になっている。むしろ、嫌がらせで言ってる。千晶はイライラしていた。誠がずっと喋っててうるさい。セミも鳴いててうるさい。レジ袋がシャカシャカ擦れる音が気にさわる。いや、それよりも暑い。パーカーを脱ぎたい。でも、脱いだら誠の言葉にこたえているみたいで嫌だ。イライラする。
「ちあきー、暑くない?」
「うるせえな!」
思わず大声を出してしまってから、千晶は後悔した。誠がびくっと飛び上がる。
「暑い!……暑いに決まってんだろこのクソ暑いんだから当然だろバカ!」
千晶は一頻り怒鳴るように言い募ってから、我に返った。そして少しの魔を置くと、千晶は一言謝った。
「……ごめん」
千晶はバカに怒鳴った自分が恥ずかしくなった。汗で湿ってきた髪をかきあげる。
「……だよねっ」
誠が小声で言って、へらっと笑う。気まずい空気が流れたが、コンビニの袋の中でジュースや菓子の袋がガサガサと擦れる音が、沈黙を埋めていた。
純愛あり、BSSあり、苦悩あり……
— ねてたらおこして(ねておこ)|ゲーム開発中🐑 (@neteoko) December 4, 2024
廃部寸前の科学部を舞台に、『あなた』と個性的なキャラクターが青春を築く、恋愛風ノベルゲーム
【ねてたらおこして】
を開発しています🐑
このアカウントでは開発の進捗を報告する予定です✨
来年冬を目処に発表予定です#ねてたらおこして #創作 #ゲーム開発中 pic.twitter.com/OviSkFED9Z





